臆病者と詰られても、偽善者だと思われても。
この想いだけは、伝えない。
「柊斗くんは、変な夢、見る?」
千花先輩は、よく唐突に話を飛ばす。今回も例に漏れず、押し迫った中間の話はどこへやら、夢の話になった。
「夢……ですか? 寝てるとき見る」
「そうそれ。どう? 見る?」
「うーん……」
何か気の利いた返事をしたいと思うけれど、何も思いつかない。
図書室のカウンターは存外狭くて、二人並んで座るのがやっとだ。だから自然と先輩の髪の香りとか、息遣いとかが近くに感じられて、どうしようもなく頭が支配される。ここは図書室、公共の場、と何度も言い聞かせる。
「――すみません。考えてみたんですけど、そもそも俺、夢って特に見ないっていうか……覚えてなくて」
「あ、そうなんだー。別に謝らなくて良いのに。寧ろよく眠れてるってことよ? 良いじゃない」
「先輩は、見るんですか?」
「なにを?」
いやだからその、と口ごもって、先輩の訝しげな顔から目を逸らした。なんで俺、キョドってるんだろ。やましいことなんてないのに。
いつもそうだ。先輩の大きな二重の瞳に見つめられると、どうしようもなくドギマギして、挙動不審になる。頭ン中だけだけど。先輩の声とか、仕草とかにえらく反応する。……どこの乙女だよ俺。
「ああ……夢? 見るわよー。リアリティあるのに現実味ないのとか――」
「……どんなのですかって、訊いても良いですか?」
矛盾した言葉だけど、だから余計気になった。なんだろう、第六感? よくわからんけど。
「そーおねえ。私もよく、わからないのよねー」
くすくすくす、と軽やかに笑う千花先輩。理性とか常識とかモラルとか、とにかくいろんなものを総動員して、手を伸ばさないように抑える。本っ当、余裕ねぇな。
「怖いけど、幸せで。起こってもおかしくないことだけど、そうなって欲しくはない、そんな、夢」
「…………なんですかそれ」
「さぁ?」
「先輩って、たまにわけわかんないこと言いますよね」
「ああ、そうかも。思ったことそのまま口に出してるからじゃない?」
「…………はぁ」
「疲れたら抜けても良いよ? そんなに人いないし」
「いえ、大丈夫です」
どんなに疲れたって、先輩より先にここを出たくない。先輩は、俺がそんな風に思ってるなんて知らないだろうけど。だって言うつもりなんかないんだ。
重荷になるくらいなら、知られなくて良い。
だからたとえば、ぼうっとどこかを見つめる遠い目だとか、落ちてくる髪をゆっくり耳にかける仕草だとか、口を少し尖らせてペンを弾くときの表情だとかを、見ていられればそれで。
だって心はここに無い。無い物を欲しがったって、そんなの惨めなだけじゃないか。虚しいだけじゃないか。
臆病だって言われても構わない。それは確かに真実だから。
いつの間にか来ていた生徒に、軽く笑いかけて貸し出し処理をする先輩。
「期限は二週間後です」
お決まりの台詞も、先輩が言えば心地良い音楽みたいだ。……なんて、月並みな台詞を心から思うなんて、俺も変わったよな。
「そういえば、柊斗くん本持ってきた?」
「えっ? あ、あー!」
ギロッ、とでも音がしそうなほど、ばらばらに散っていた生徒たちから睨まれて。顔に血が上る。謝罪代わりに頭を下げて、先輩の方を見ると、やっぱり笑っていた。
「すいません、忘れました。期限って、今日でしたっけ」
「ん、大丈夫。そろそろだったかなって、思っただけ。柊斗くん、写真に興味あるの?」
「え、ああ……まぁ」
「自分で撮ったり、するの? デジカメ? フィルム?」
「え、と。先輩、も興味あるんですか?」
「見るだけだけどね」
微笑んだ先輩の表情から、やっちゃった、と悟る。先輩がこんな表情をするのは、そのひとの関係する話のときだけ。
そのひとに関しては、ほとんど知らない。先輩の片想いなんだろうなっていうことだけ。でもなんとなく、年上で、理系で、背が高いらしいっていうのはわかる。俺の、想像の範囲内でしかないけれど。
――俺なら、そんなカオ、させないのに
なんて思ったって、仕方ないんだ。
先輩はその人を選んだ。俺じゃない。
何がいけないかなんて知らないけど、
そういうもんじゃないんだろう。
でも、何度も何度も繰り返し思ってしまうのは、
あなたに――溺れているから?
溺れる夢(きみという、海に)
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