一方通行の想いの連鎖、
 終わらせてくれる人は……どこにいるのかな。





 化学室は、いつもなんとなく薬品の臭いがしている。机だって、毎回授業のたびに水拭きしているのに、なんとなく粉っぽい。でも、私はこの授業もこの部屋も、嫌いじゃなかった。
 机の落書きを眺めながら、通りの良い先生の声を聞く。化学式の説明とか、そこから派生した雑談とか、重要なものもそうでないものも一緒に、頭の中へインプット。取捨選択は後回しにしちゃえ。
 ――今日は、あんまり気分が乗らない。なんでかは、解らない。具合が悪いわけじゃないし、嫌いな授業でもないのに。寧ろ、その逆なんだけどな。
 窓の外、校庭ではどこかのクラスがサッカーをしてる。この寒い中大変よね、なんて思いながら、ボールを操っている男の子を見つめた。柊斗くんだった。
 彼の想いには、気付いてる。その幼馴染の女の子の、気持ちにも気付いてる。終わらない一方通行なのに、誰も口に出さないから線は繋がったままだ。
 きっと一番良いのは、私が彼にきちんと言うことだと思う。好きな人がいるから応えられない、って。
 でもズルい私は、終わらせる言葉を口にできない。傷つけることがイヤだから、っていう言葉はもう理由にならないのに。彼の気持ちを知っていて、知らない振りして好きな人の話をしている時点で、きっと彼は。
 はっきり口にしないのをいいことに、不安定な状態を続けている私たち。端から見れば、さぞ滑稽なことだろう。自分じゃ終わりに出来なくて、相手が言ってくれるのを待ってる。傷付くのも、傷つけられるのも怖がって。
「直哉(なおや)せんせー、ここわかんなーい」
 女の子がニ、三人集まって、先生を囲んでる。チャイムはいつ鳴ったんだろう、気付かなかった。申し訳程度に広げておいたノートやら筆記具やらを片付けながら、なんとなく会話を聞いていた。
「話聞いてりゃわかるとこだろここはー」
「そーんなこと言われてもー。わっかんないもん仕方ないじゃーん?」
 ねー、と声を揃える子たちに、先生は呆れてものも言えない、っていう「ポーズ」をした。なんだかんだ言って、教師という職業がすきなんだと言ってたっけ。仕方ねーな、と教卓に肘を突いて、教える体勢をとる。
「そういえば、今日のネクタイいつもと違くない?」
 そんな会話に、視線をあげた。白いシャツに、薄いピンクのネクタイ。いつもの先生なら、あんまりしない取り合わせだ。
「うんうんっ、あたしも思ってたー! なんかかわいいよねっ」
「こら、からかうなよ」
 言葉と声音が、こんなにも違うなんて。きっとその顔は、やさしく微笑んでいるんだろう。
「直哉センセ、それもしかして、彼女からのプレゼントー?」
「さぁな、だったらどーする?」
「えー、ちょーショックなんだけどー。ショックすぎて、あたし次のテスト赤点取っちゃうかもー」
 高い声が何か喋ってるけど、それが何を意味しているのかまでは、わからなくなった。目の前が真っ白、とまではいかないんだけど、力が変に抜けた。昼休み、一緒に食べる約束をしてる友達を待たせてるから、早く出ていかなきゃって、思うんだ、けど。
『彼』の前を、通りたくない。
 普通に、通り過ぎる自信がない。
「高野(こうの)、具合悪いなら無理すんなよ?」
 勢いよく顔を上げた先、『彼』は私に背を向けて、片手を振りながら出て行くところだった。
「おまえのことだから、成績までは心配してないけどな」
 呆然と見送って、誰もいなくなったところで小さく、呟いた。
「……反則、だよ。先生」
 ――そろそろ、終わりにできるかもしれないな。



ユメノオワリ
(終わらせる言葉)





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